| 山上一刀流剣舞は明治19年に創設された山上学話会の活動の中で誕生し、成長発展してきたものであり、先輩から後輩へと伝承されてきました。 |
| 山上学話会創設の数年後から、詩吟・剣舞の愛好者が出て、明治27・8年の日清戦争頃から35・6年にかけて活発な活動となりました。 |
| 山上学話会は創設以来、弁論・討論を活動の中心としてきましたが、剣舞は青少年の心身・志操・品格の修練に最適と考えられ、重要視されるようになりました。 |
| 剣舞愛好者は剣舞会を結成し、相互の練磨と同時に、交互に東京の剣舞道場(日比野雷風師範の道場を中心に)に出向いて修練しています。 |
| なお、明治25年9月に開催された山上学話会夏季大会において剣舞14番を演じています。(他に弁論8名、楽器演奏あり) |
| その後明治末期から大正初期にかけて一段と隆盛を見ています。 |
| 昭和3年、上杉謙信公の350年祭が挙行されるに当たって、奉納剣舞をやろうとの衆議が出て、その日を4月19日とし、1ヶ月前から山上学話会を中心として〜師範は佐藤常一氏〜詩吟・剣舞の練習に取り組みました。 |
| この奉納剣舞の稽古期間中に青木清次氏(元山上学話会客員・米沢流詩吟宗家)から「学話会の剣舞を一流派として樹立されたほうがよい」と言われ「山上一刀流剣舞」と命名、佐藤常一氏(初代鶴城)が創設者とされました。 |
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山上学話会剣舞指導の基本的な考え方 |
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佐藤勝氏(二代鶴城)遺訓 |
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| 一、 |
剣舞道として終始する。 |
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○芸当剣舞ではなく、修養の道として修める。 |
| ニ、 |
剣舞道は礼に始まって、礼に終わる。 |
| 三、 |
剣舞道は自己の五体に感じるものを求める。 |
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○誌の内在するものに向かって自己を投入する。 |
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○人に見てもらうことは構わないが、人に見せようとして営むものではない。 |
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「山上一刀流剣舞」修行心得(五訓) |
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| 一、 |
精神を集中して、心・技・体の一体を目指す。 |
| ニ、 |
詩の内容、作者の意図を理解し、体得する。 |
| 三、 |
礼法および基本動作を充分修練する。 |
| 四、 |
気迫に満ちた気合い(掛け声)と動作を心掛ける。 |
| 五、 |
使用する剣は真剣と考えて取り扱う。 |
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| ◆ |
山上学話会員の剣舞発表について(留意事項) |
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| 一、 |
上杉神社・松岬神社等の祭神に奉納する。 |
| ニ、 |
社会福祉施設などへの慰問。 |
| 三、 |
他流派、他団体との交流の場。 |
| 四、 |
会員の人間形成及び健全育成に寄与する場合。観光宣伝事業では原則として発表しない。 |
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奉納剣舞
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